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風間トオルの幼少期は極貧生活だった!?若い頃のエピソード5選!!

adminforestvalley
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風間トオルさんはご両親の離婚がきっかけで、子ども時代は祖父母と3人で暮らしていたそうです。

風間トオルさんは幼少期どのような生活を送っていたのでしょうか。

風間トオルの幼少期は極貧生活だったエピソードについて調査しました。

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風間トオルの幼少期は極貧生活だった?!

風間トオルさんの幼少期は祖父母の年金収入だけを頼りに生活していたため、十分な食事もとれない困窮した状況に陥っていたそうです。

風間トオルさんは、自身の置かれた環境に絶望することなく、知恵を絞りながら飢えを凌いでいたそうです。

風間トオルさんは貧しいなかでもすごく色々と工夫したり、試すのが楽しく、大人になった今でも色々考えたりするようです。多分、そういうのが好きなんでしょうね。

風間トオルの若い頃のエピソード5選!!

長屋から6畳一間のアパートへ引っ越し

風間トオルさんの祖父母の家はいわゆる長屋で、トイレが隣の家と共用だったんですね。扉を開けたら隣の人が便器の上にしゃがんでいたり、逆にこちらが用を足している時に扉を開けられてしまったり、というようなことがありました。

風間トオルさんの父が出て行ってからほどなくして祖父母と俺は引越しをしなくてはならなくなり、6畳一間のアパートの1階に移りました。そこがすごく古びていて、錆びたトタン屋根と、トタンで建物を覆っただけの壁に囲まれて生活していました。

風間トオルさんは祖父母の3人で6畳一間で、雨の日は窓の隙間や壁の亀裂から雨が吹き込み、雨漏りがすごくて、まるで「ドリフターズ」のコントみたいに家の中にいくつもタライを置いて、梅雨時には畳や天井に黒カビが繁殖するのがすごくいやだったそうです。

そのへんに生えている草花を食べて飢えを凌ぐ

風間トオルさんは小学校時代、友達の家に行って「こんな美味しい食べ物があるんだ」と知った時に「あ、うちはお金のない家なんだな」と。感じたようです。

風間トオルさんは祖父母の家だったため白いご飯とお味噌汁とお新香くらいで、当時の自分にとってはあまり食べた気がしないと話しています。

風間トオルさんは飢えを凌ぐために、そのへんに生えている草花なんかを「これは食べられるかな」と思って食べたりしていました。中でも紫のアサガオなんかはほんのり甘くて、素揚げにしたら美味しいんじゃないかと思って試してみたら本当に美味しかったようです。

アサガオの他には、家の中にいたカマキリを食べてみたこともあると話しています。イナゴの佃煮をよく食べていたのでカマキリもいけるんじゃないか、くらいの感覚で(笑)。「ああ、美味しそうだな」と思って足をちょっとかじってみたようですが、味は苦かったそうです。

怪我をしたら唾を付けて自然治癒

風間トオルさんは怪我をしても唾を付けていたらすぐに治っていました。

毎日お風呂に入りたいから、服を着たまま洗濯機へ

風間トオルさんは3日に1回くらいお風呂に入っていましたが、子供の頃は汗をたくさんかくので、毎日お風呂に入りたいと思って、考えたのが、家の外にある洗濯機で体を洗うことでした。 外から帰ったら服を着たまま、固形石鹸を手に持って、洗濯槽が回らないように両足を洗濯槽の壁に突っ張ってスイッチを押します。今考えると本当に危ないですけど、当時の僕は「汚れた服と一緒に体も洗えるので一石二鳥」くらいに考えていました。冬はとても寒そうですね。

冷蔵庫は土の中

風間トオルさんが専門学生の時も、1人暮らししていたアパートの部屋に冷蔵庫がありませんでした。アパートの部屋が1階で、窓から出たらすぐに地面があったので、そこに。そのまま埋めると虫が来ちゃうから、近くの魚屋さんで発泡スチロールをもらってきて、そのなかに牛乳パックを入れて、土を深く掘って埋めたそうです。

意外によく冷えてました。友達が来るときは砂を退けてから牛乳を出してあげるんです。そうすると「あ、そこが冷蔵庫なんだ」とびっくりしていましたけれど(笑)。

まとめ

風間トオルさんの幼少期の極貧生活のエピソードについて調査してみました。極貧生活でしたが、自身の置かれた環境に絶望することなく、貧しいなかでもすごく色々と工夫したりして、今でもその色々考えたりすることが分かりましたね。

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